フリーライター京*mia【自由スタイル探求帖】

世界放浪からシドニー移住後、京都に惹かれて帰国中。自由なスタイルを探求するライターの徒然帖です。現在の拠点:京都と大阪を行ったり来たり…

京都には鴨川がある、その贅沢な日常『エッセイ』。

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“鴨川/賀茂川”が日常にある暮らしに、心から憧れます。

 

朝昼晩、とその間の時間。

春夏秋冬、とその間の季節。

 

人々の日常に寄り添って、ただそこにある。自然の営みに任せて、朝陽や夕陽に染まってみたり、快晴の日は真っ青に見え、また夜の暗闇を映しこんだり…。

 

その周りで人々は、思い思いに過ごしている。鴨川お決まり、の風景です。

 

川辺をジョギングする人、犬の散歩をする人、自転車で颯爽と過ぎ去っていく外国人、コンビニで買ったおにぎりとコーヒーでランチするサラリーマンらしき人、愛を囁き合う幸せな恋人たち、ピクニックをするファミリー…。

 

享受しているものの偉大さに、あまりにさりげな過ぎて気付かないかもしれません。わざわざ足を運ばなくとも、いつかはその流れに辿り着く、その絶対的な安心感にも。

 

先日、京都でのお仕事が終わって、心地良い疲れと軽い人酔いを感じていました。

 

もちろんそのまま電車に飛び乗って帰っても良かったのだけれど、無意識に足が鴨川を目指していたようです。気が付くと、川縁に座っていました。

四条河原町より少し離れた場所だったためか、人も少なく静か。そのため川のせせらぎがシャラシャラ…と聞こえてきます。目を瞑って、深呼吸。瞼を通して、川面に反射した陽の光もキラキラと伝わってきます。その満ちてくる感覚たるや…!

 

人々のあらゆる雑念や目的を飲み込み消化してもなお、際限なく返してくれるものがある、鴨川のふとっぱら具合。

 

そんな存在が街の中心にある京都はきっと、常に流動的に何かを大きく排出し続けてくれている気がします。人の疲労、感情、滞り、そんなものまで全て全て。そしてその手放した分だけ、何か良きもので埋め尽くされていく。だからこそ、京都という街の中ではいつも、清々しさ瑞々しさに、触れることができるのだと思います。

 

 あ、気が付いたのだけど、人々の日常に寄り添ってそこにある、ではなく。人々が、鴨川の日常にただ寄り添っている、ということ。逆、でしたね。偉大な自然さま♡。失礼しました。笑。