フリーライター京*mia【自由スタイル探求帖】

世界放浪からシドニー移住後、京都に惹かれて帰国中。もっと自由に、自然に生きたい♡ 探求ライターの徒然帖です。現在の拠点:京都と大阪を行ったり来たり…

viva天パ!コンプレックスと向き合って生きていくことにした。

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Hello all! 京都拠点のフリーランスライター、miaです。

 

生まれたときから、天パでした。

 

それも外国人のような綺麗なカール、ではなく、リアルに「え、どこの毛?」みたいなのが頭に映えている!という残念な状態でした。ぜんっぜん一緒の方向を向いてくれない、私の髪ってばどんだけ自由やねん、とどれほど泣かされたか…。

 

転校生だった小学校時代、同級生が第一声こう言いました。「パーマは校則違反やねんで」

そんなにか、と思いました。そんなに、クルクルか、と。笑。でもまぁ、パーマに間違えられるくらいなら、悪くないと思っていました。

 

さらに悪化したのは中学時代。恐らく生理が始まったり、女性ホルモンとの関係や同級生と寄り道や外食したりする機会が増え、ジャンクフードなどを多く食べていたため、というのもあるかもしれませんね。

 

それでも年頃の女の子、前髪を必死でブローしたり、三つ編みにしたり、小さい三つ編みを作って寝て貧乏パーマにしたりととにかく工夫に次ぐ工夫の日々。

そんなある日、クラスの美女が言いました「あなたって、髪の毛がストレートならもっと可愛いくなると思う!」

 

悪気は微塵も感じず、純粋に思って発した彼女の言葉でした。それを私がどう受け取ったかは記憶になく、ただその言葉だけを鮮烈に覚えているのです。

 

そこから私の、ストパー/縮毛矯正ライフは始まります。

 

家に帰って母に頼んで近所の美容院へ連れて行ってもらいました。信じられないかもしれませんが、まだストパーが液を付けた髪の毛を板のようなもので伸ばすような時代です。笑。

今でいう「縮毛矯正」ではなく、あくまで「ストレートパーマ」。もちろん私の自由かつ強情っぱりな天パがそんな生易しい手立てに叶うはずもなく。

当時にしては高額だった料金を払ってもらった割りに、感想は「ふーん」という感じで…。翌日からも確か、ポニーテールにして通学していた、ような。すいません、ずいぶんあやふやな記憶で。

 

そうこうしている間に「縮毛矯正」が、日本でも主流になりはじめ、こちらは私の髪の毛にも効果テキメン!明らかに縮毛したのがバレるほど、シャキーンとストレートになりますが、それでもよかったのです、当時はね。

 

サラサラな髪は結果、見た目以上に「楽」でした!

 

これは嬉しかった、本当に起きて手櫛でちょちょっと整えるだけで見栄えがする。今までではありえないことでしたから。生まれつきまっすぐな髪の人は、こんなに快適なのか!と心底感動しました。

 

そこからはもう15年以上に渡る、「縮毛矯正」たまに飽きたら「デジタルパーマ」の繰り返しの生活。

世界一周中も数か月に一度は手入れが必要になり、各地で日本人美容師さんのいる美容室を探したりしていました。

 

なのに、

 

そんな私が数年前に何かがプツンと切れたように、「もういいや」となったのです。

 

ちょうどその頃「くせ毛カット」を得意とする美容師さん、というのがにわかに流行していたのもあり、そういう手もあるのか、と思い至ったのです。

 

「天パを生かす」、だなんて!!!

 

でも通っていた美容師さんに「地毛を生かしたカットにしてください!」と言うも、「いやー、あなたの髪は難しいと思うよ。ストパでなるべく自然に見えるように…」とやんわりと断られる始末。

 

いや、それでは根本的解決に、なっていないんですよ。

 

私は、強烈な化学薬品を髪に塗り続けることも、自然な毛の流れやクセを無理矢理まっすぐに伸ばして結合し直すことも、全てが不自然だと感じ始めていたのだと思います。

そしてこの頃は奇しくも食べ物やライフスタイルも含め、「自然に沿った生き方」を意識し始める直前でした。

 

とにかく一旦クルクルのパーマをかけ(その方が生えてくる髪の毛に馴染むから)、良い美容師さんに巡り合えるまで美容院通いを、止めました。

 

そして2年近く経ち、先日「くせ毛を生かす」ことをすんなりとOKしてくれた美容師さんに出会ったのです。

 

そんなこんなで、まだ下の方にはクルクルパーマが残っていますが、かなり地毛!自分の髪、と言える状態になりましたー♡

 

とはいえ、扱い辛さは変わらず。なのでたいていアップですが、時間が少しあれば写真のようにダウンスタイルにすることも。地毛でダウンスタイルにするのは、それこそ中学生以来、かもしれません!嬉しい!

 

やはり胡麻化したり無理したり、はいつか限界が来るのだということ。

それはもちろん髪の毛のことだけではなくて。やはり自然界に存在する私たちは、すでに持っているものや存在するもの中で生きていくのが、一番しっくり来るように思います。

 

そしてこの一連の流れを、くせ毛の遺伝子をくれた張本人である母に話していたら、「あんたは考え過ぎよ。お母さんなんてもっと…」と張り合ってきたので、会話は終了しました。笑。単純に、だから今いい感じで嬉しい、と言いたかったのですが、「そもそもなぜそんなに気にする」と突っ込まれるという…。チッ 苦笑。

 

確かにコンプレックスというのは実際、その人にしかわかり得ないから比べようがないものです。だからこそ、向き合うのも乗り越えるのも、さらには手放すのも自分しかいないんだなと。

 

そしてそれがなぜコンプレックスなのか、という理由を掘り下げると、何に対してそれほど一生懸命闘っているのかが見えて来るかもしれません。

私の場合、確かに女性としての見た目というのはありましたが、後は煩わしさ、だったのだと思います。特に長く旅をする人生でしたので定期的に調整が必要な天パは本当に手を焼きました。

「髪さえまっすぐなら」という思いが、様々なシーンでコンプレックスとなって私を苦しめたのでしょうね、きっと。

 

どんな小さなコンプレックスだって馬鹿にできません、だってその中の歩みで見えてくるものがきっとあると思うからです。

 

こんな風に、ひとつずつを自然に沿わしていく生き方は、とても心地いい。一枚ずつ纏っていた不要なベールを脱いでいくような快感もあります。

 

皆さんは何かコンプレックスがありますか、なぜそれはコンプレックスで、そしてそこから脱するために何かしていますか。

 

 

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