ナチュラル・コンシャス-本質的で自然に沿った暮らし-

世界放浪からオーストラリアへ移住後、京都に惹かれて期間未定で帰国。食とからだと心、宇宙の真理もまとめて探究中!海のある暮らしに憧れるライターです。

オーストラリアが恋しいのはかつての時間を愛しているから【エッセイ】

f:id:miaE:20211113143339j:plain

以前、オーストラリアに戻りたかった話を書きました。

mia555.hatenablog.com

 

ですが思うのです。

 

きっと私は、あの頃の私とオーストラリアが恋しいのであって、今もまだ同じ熱量で想っているとは限らない、ということ。

 

あの頃、平凡な生活が一生続くかと思ったケアンズ時代も、今となってはパートナーと安定的に暮らせた幸せな記憶に。

 

本当にやりたいことで軌道に乗らず、生活費のべらぼうに高いシドニーで職が定まらず、そのフラストレーションで帰国を決めたシドニーだけれど。

最初の何年間、そのもどかしさを抱えつつも最高の日々を過ごしたんだ、ということ。

 

その渦中にいるときから、もうそれを失うときの切なさに胸を焼かれるほどに。

 

お腹の中から笑い、周りの人の笑顔や愛に支えられた日々でした。

 

そして最後の一年に、そのフラストレーションが積もり、爆発し、帰国した。

 

でもおしなべてキラキラとした、エキサイティングな日々だったなぁ、と思うのです。

 

カフェの仕事は朝早く、ボスやわがままな常連にいちゃもんつけられたと言っては同僚とこぼす時間も今となってはいとおしい。

二日酔いが激しく起き上がれないあほみたいな苦しさも、部屋の窓から庭に聞き耳を立てて好きな人がいるかなーっと探りを入れるドキドキも。笑

 

たくさん愛し愛され、そのときの仲間たちと一緒にぎゅうぎゅうに収まった写真や、かつてのボーイフレンドたちとの写真を見て、その甘美な記憶が瑞々しくよみがえる。

 

公私ともに綱渡りみたいな日々だったけれど、命の危機があるほどでもない。

今思えば、それで十分だ。

 

一転してケアンズの日々では、ひとりのパートナーと「日常」を何年も共にした。

 

小さい町のなかで私たちは家族だった。

 

私はオーストラリアのチェーンコーヒーショップで朝のヘッドバリスタとしていつもそこにいて、町の常連たちの顔とドリンクを覚えた。

ケアンズだったからもちろん、膨大な数の観光客の相手もしたっけ。

そして元相方は無人島に観光客を連れて行くガイドだった。

 

仕事が早く終わる私が料理の担当で、彼は帰ってくるや「(目に見えないほど小さい)イルカンジクラゲにハネムーナーが刺されて大変だったんだよ!島にヘリ呼んだわ」などと、その日あった話を興奮気味に話してくれる。

 

休みの日にはグレートバリアリーフの島へ、年間パスで出かけては海に潜り、魚やタートルたちと泳いだ。

サンゴ礁もタートルも私たちの日常だった。

 

平和だけど、今とは違う「誰か」のいる日常。

 

今からはまるで嘘みたいだけれど、そんな時代も生きたんだった。

それがすべてオーストラリアに詰まっている、だからこそ私は恋しいんじゃないかって。

 

そう思ったんですよね。

なんて幸せな、記憶。

 

だから私は今もこうして生きていける。

これほどの経験を経て濃縮したのが、今、この私なのだから。

 

最強じゃないかって。

 

もう二度と戻れないけれど、戻りたくない。

今の私で辿り着くところに、私は行きたいわ。

f:id:miaE:20211117161828j:plain

GBRの島のひとつにて

f:id:miaE:20211117121945j:plain

日の出とともに始まるカフェの仕事

f:id:miaE:20211117122040j:plain

好きな街だったなぁ

f:id:miaE:20211117160652j:plain

かつての「home」の秘密の庭にて

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ フリーランス生活へ
にほんブログ村